第311話

「はい?」

「これって、ストーリーのリクエストはできるんですか? 例えば、片方の腕を切り落とすとか……」

 ココちゃんはエンケパロスらしく、わざとらしい眉の動きで無念さを表した。

「リクエストはお受けします。ですがストーリーにはランダム要素が強いので、ご期待に添えるかどうか……」

 想定内の回答だったので、動じずに繰り返す。

「かまいません。途中で俺の左腕がなくなるようにしてください」

「かしこまりました」

 素直に頷いて背面の操作部に向かうココちゃんにほっとする。これが人間相手なら「何故そんなリクエストを?」と訊かれてしどろもどろになっていただろう。エンケパロスで良かった。

 腕をなくしたい理由は、失ったときの不自由さを味わうためだ。利き手でないとはいえ、腕ごとなくなれば相当に不便になるのは想像がつく。辛すぎて絶望するかもしれない。

 その状態から今の状態に戻れば、偽物とはいえ「腕があって幸せ」と思えるだろう。そういう企みだった。

 数分待たされてからブース内に入るよう指示された。座り心地の良いリクライニングチェアに身体を預けて目を閉じる。手術でも受けるような気分だ。ほんの少し、緊張している。

 ――良い夢が見られますように。

 良い夢のはずはない。少年漫画の世界に入るのだから。

 少年漫画が描くのは、本来なら親の庇護の元で甘えられる年齢の少年少女が残酷な運命に翻弄され、生き延びるために強くならざるを得ない自立の物語だ。楽とは対象の世界ではないか。それでも願わずにはいられなかった。

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