第306話

 それが柔らかくて可愛い手の感覚ならまだいい。しかしこの厚みのある硬い手では、どうしても成人男性を連想してしまう。安治よりずっと年上の。

「誰かに握られてる」

 嫌悪感を吐き出すように、その言葉を何回も繰り返した。言ったところで何も解決しないのはわかっている。それでも吐き出さずにいられない。暑苦しくて胸が焼け焦げそうだ。

「また眠らせてもらいましょうか?」

 おりょうは安治の背中や腕をさすりながら極論とも言うべき提案をしてくる。すぐには返事ができない。

 一度目は、これでもう眠っている間にすべて片づくのだと思った。だから悩むこともなかった。

 実際、目が覚めたらこの様だ。次だってわからない。この調子で眠りに逃げ続けていたら、じきに筋肉が落ちて起き上がるのも困難になるだろう。そうなっても、手が元に戻る保証はない。

 それにやはり、長時間寝たせいで頭が重い。嫌な夢を見たのもそのせいだろう。不快感から逃れるために寝ているのに、不快な夢を見たのでは本末転倒だ。

「……切り落として」

 まともに思考が働かない頭で呟く。やはり、腕がなくなればこの感覚も消えるのではないか。本当の腕がなくなるのだから、感覚の腕もなくなる。そうに違いない――。

 おりょうはやや呆れたように、冷たい溜め息を吐いて無視した。

「安治さんに必要なのは気分転換です。着替えて外出しましょう」

「そんな気分じゃないよ。……やっぱり寝る。薬……」

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