第305話
「……ご気分はいかがですか?」
「……うん」
記憶通りの同居人の存在に落ち着きを取り戻す。大丈夫、何も変わっていない。
そうだ、睡眠薬で丸二日間眠っていたのだ。まずはトイレだ――。
いつも通りのつもりで身体を動かす。ふと左手に違和感がある気がした。
――何だ?
そういえばさっき夢の中で、冷蔵庫チームの班長と硬い握手を交わした。安治にとっては不吉な、迷惑な握手だった。その感触がまだ残っているのだろうと思った。
――ずいぶんとしつこい感触だな。
シーツの上に置いた左手を見下ろす。何ともなっていない。やはり夢の感覚が残っているだけだろう。
少しして気づいた。
握手をするなら右手ではないのか。それにこの感覚は、夢の残り香にしては長すぎる。
気づいた途端、冷や汗が吹き出した。
――夢じゃない。
左手のこの感覚は――今現在のものだ。
「う、あ」
安治はやっと眠りにつく前のことを思い出した。今自分に見えている左手は偽物で、本物はどこか別の世界に行ってしまったのだ。そして本物の腕の感触のほうが自分には伝わってきているのだ。
目覚めて早々、気持ちの悪さに涙目になる。
「大丈夫ですか」
心配そうなおりょうの声にも、ただ首を横に振るしかできない。
安治の感覚の左手は――誰かの温かい手にぎゅっと握られていた。熱気が軽く湿り気を帯びている。
――誰だよ。
感覚で左手をぶんぶんと振ってみる。振っている感覚はある。けれど握った手の感触は微動だにしない。鍵をかけたように堅固だ。
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