まだ治らない

第304話

 にこやかに歓迎の笑みを浮かべている人物と握手を交わしながら、安治は内心で焦る。

 このままだと冷蔵庫チームに入ってしまう。入ったら終わりだ。遅かれ早かれ、冷蔵庫に遭遇して、皆の記憶から消えてしまう――。

 入ったら駄目だ。しかししっかりと手を握られている。今さら逃げ出すことはできそうにない。

 どうしたらいいのだろう。どうしたら――。

 ――いや?

 冷蔵庫チームに入ったのは秋元さんではないか。俺は――秋元さんではない。

 ああそうか、これは夢だ。ならば夢から覚めれば、すべて解決するのだ。目を覚ませば良いだけだ――。

 そう思い至ったところで目が覚めた。

「ふあッ」

 おかしな声を上げつつ跳ね起きる。

 数秒間、現実に戻って来たのを実感するための間が必要だった。心臓がばくばくと速い。頬はしとどに濡れている。涙なのか汗なのか判断がつかない。

「お目覚めですか」

 キッチンにいたらしいおりょうが軽く慌てた様子でやってくる。

 ――こっちが……現実だよな?

 安治はきょろきょろと辺りを見回し、既に見慣れた寝室にいくらか安堵した。

 それから寝間着をまとった自分の身体を見下ろして混乱する。俺、ヤギじゃなかったっけ?

 考えて、それはもう前の話だと思い出す。

 ――今、俺はどういう状態なんだ?

 とりあえず自分が誰なのかを知りたい。俺はまた、別の何かになっているのか――?

 ベッド脇に来たおりょうをゆっくり見つめる。おりょうもまた安治の様子を窺っているらしく、すぐには何も言わなかった。

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