第302話
代わりに、新品のタオルを一つ下ろして冷蔵庫専用にし、それでよく外側を拭いてやった。だからメタリックな外観はいつまで経ってもピカピカだった。
その冷蔵庫は私がまだ成人しないうちに新しいものと交換された。
壊れてなどいなかった。まだ十分に使い続けられた。なのに父母は、見た目と機能が新しい冷蔵庫に惹かれたというだけの理由で、その冷蔵庫を――捨てた。
私はひとしきり抗議をしたものの、守り切れなかった。
以来、私は冷蔵庫への想いに蓋をするようになった。研究所で働くようになり、運良く家電チームに入れてからも、研究対象に冷蔵庫を選ばなかった。掃除機や洗濯機など、比較的壊れやすい製品の改良に没頭することで自分をごまかした。
マチに時たま現れる「冷蔵庫」の話を聞いたとき、それは冷蔵庫の亡霊だと容易に確信できた。
まだ使えるのに、休みなく人に尽くしてきたのに、寿命が長すぎるせいで志半ばに廃棄された冷蔵庫の無念――復讐を決意するに至ったとしても非難はできない。
いくら年月が経っても私から罪悪感が薄れることはなかった。むしろ「冷蔵庫」の話題を耳にするたび、「忘れるな」という過去からの恨み節に感じた。
言い訳をするつもりはない。父母に屈してあなたを手放したのは私だ。あなたの魂が安寧を得られるのなら、私は相応の代償を支払ってもいい……。そう、瞼の内側の面影に語りかける。
しばらく目を閉じていると、背後で人の動く気配があった。音を立てないように近づいて来る。いつも同じ柔軟剤の匂い。サクラだ。
「……お休みになりましたか?」
恐る恐るといった感じの小声で問われる。私は数秒そのままでいた後、勢いよく瞼を開けた。
寝ている場合ではない。私に残されている時間は有限だ。迷っている時間も、本願以外のことに費やす時間もない。突然そう気づいた。
「キャッ」
出し抜けに立ち上がったので、驚きの声が上がる。
「すまない。――話していた洗濯機のイメージは、手描きだができている。後は君が仕上げてくれ」
「え……先生、どこかに行かれるんですか?」
「ああ。私は――このチームを抜ける」
心配性だが有能な助手は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。その口が動いて何か言う前に、私はドアに急いだ。
私がいるべきはここではない。私が本当に研究したいのは、家電などという単位ではなく、たった一つのものだ。自分は家電が好きで、その中の一つであるアレにも興味がある――というのは自己欺瞞だ。私はいつの間にか、罪悪感から目を背けるために自分を偽っていたらしい。
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