第301話

 冷蔵庫は基本、電源を切るということがない。だからそもそも電源スイッチがない。コードの抜き差しがすべてだ。つまり家に置いたときから撤去するまで働き続ける前提で作られている。

 何故か。

 冷蔵庫の仕事は食品の鮮度を保つことにある。人がいてもいなくても、冷蔵庫がその仕事を休んでしまったら、肉は傷み、野菜は萎び、卵は腐り、バターは溶け、牛乳はヨーグルトになってしまう。冷凍室では氷が水に戻り、アイスはどろどろの液体になり、冷凍食品は保存食でなくなる。

 食品が食品でなくなってしまう、と言ってもいいかもしれない。それくらい、人の豊かな食生活を支えるのに必要不可欠な存在だ。

 洗濯機がなくても洗濯はできる。掃除機がなくても掃除はできる。でも冷蔵庫がなかったら……特に食品の腐敗が早い夏場など、大袈裟ではなく死活問題になりかねない。

 これだけ人に恩恵を与え続ける一方で見返りを求めさえしないものを、我々は過小評価しすぎていないだろうか。

 冷蔵庫にはだいぶ昔から、扉を開けっぱなしにしていると音が鳴る機能がついている。最近の家電はよくしゃべるようになったが、その先駆けが冷蔵庫であるのは当然だ。人が生きるのに欠かせない食物を守る役割を任されているのだから。

 実家にいた頃、クラから持ってきた食材を冷蔵庫に詰めている途中でその音が鳴ると、母はうるさそうに「はいはい、わかってるわよ」と応じていた。

 何と不遜な。

 冷蔵庫は、自己都合のために警告をしたわけではない。扉が長時間開いていれば中の温度が上がる。上がれば再び適正な温度に戻るまでに時間がかかるわけで、その間に肉などは傷みかねない。傷んだものを食べれば腹を壊す。腹を壊すのは人であって、冷蔵庫ではない。加えてエネルギーの無駄遣いにもなるわけだが、それによって困るのも人のほうだ。

 それを母は、まるで姑に小言でも言われたかのような態度で返した。

 姑が小言を言うのは、実際、嫁が気に入らないからなのだ。冷蔵庫にそんな俗物的な感情はない。決して相手を貶めるために注意をしたのではなく、一〇〇パーセント、思いやりからではないか。

 本当ならば「いつも私たちのためにありがとう」と感謝を込めて返すべきところだ。

 もちろん私は、母に直接文句を言うことはしなかった。冷蔵庫自身が文句を言わないのだから、私が勝手に代弁するのもおかしなことだろう。私が文句を言ったせいで、冷蔵庫が悪く思われてもかなわない。

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