第298話

 慣れるしかないのだ、落ち着こう――と自分に言い聞かせても、濡れた感触に肌を吸われるたび鳥肌が立つ。全身に力が入ったままになり、腹筋や太股の筋肉が疲労と痛みを訴え出す。

 七分は長かった。気づけば安治は床を転がり回っていた。

 手首が椅子を殴り、それが別のものに当たって書類とバインダーと筆記具を降らせる。背中がデスクの引き出しに打ちつけられ、足首は棚を蹴る。

 今日風呂に入ったなら、あちこちに痣ができているのを見るに違いない。

 こんなときだというのに、出産の苦しみってこんな感じだろうか――と妙な想像も働いた。

「……切り落として」

 絞り出すように懇願する。腕がなくなれば、この不快感はなくなるかもしれない。

 しばらく離れて見守っていたおりょうが、その言葉で再び安治を押さえつけた。正面から抱きつきながら耳元で冷静に答える。

「できません。この腕がなくなっても、解決する保証はありません」

「……わかってるよ。でも可能性が一ミリでもあるなら」

「ないと思います」

 きっぱりと否定しつつ、子どもをあやすように後頭部を優しく撫でる。

 ようやく感触が一段落して、周りに意識を向ける余裕ができた。そのとき白衣の三人は、深刻な面持ちで額を寄せ合い、会議を行っていた。

 やがて結論が出たのか、視線を交わして頷き合う。

 代表してみち子が来た。予想外にあっけらかんとした口調で言われた。

「どうにもできないから、丸二日くらい睡眠薬で眠っておく?」

 ――何て雑な提案。

 三秒考えて、安治は首を縦に振った。

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