第297話

「笑いごとじゃありませんよ。……腕が戻るまで、俺一人にしてもらえませんか」

 人前でいちゃつくのが苦手な安治は、恥ずかしさから突っ慳貪な言い方になる。

「部屋を分けるってこと? それはダメよ。あなた一人にするのは不安だわ」

「何かあったときはシャーリーに助けを求めればいいんでしょ。大丈夫ですよ」

 所長は要求を無視した。

「……まだアンケートの結果が揃わないわね。今のところ誰も異常がないみたい」

「俺と同じように身体の一部を冷蔵庫に食われた人のアンケートもしてくださいよ」

「それは訊かなくても報告が上がるわよ。その報告もまだないわ」

「あの、冷蔵庫チームって――」

 何か知らないんですかと訊こうとしたときだった。

「ひぃッ」

 再び左手に不快な感触が走った。

「やだやだやだやだ」

 座っていたデスクから転げ落ちるように床にうずくまる。一瞬遅れてその身体をおりょうが包み込む。

 左手に感じるのは、牛の分厚い舌に舐め回されているような、ねっとりと温かく濡れた感触だった。一カ所ではなく全方向から、指も手の平も二の腕も、腕全体をまんべんなく舐められている。時折しゃぶられるような感覚もあった。

 咄嗟に右手で左腕を押さえる。何の意味もない。感覚上の左腕を庇うのは不可能で、どう動いても逃げ場はない。

 涙目になりながらおりょうに縋りつく。と、偽物の左手がおりょうの肩を撫で回すのが見えた。またもや叫び声を上げて身を離す。

 今回はそれが七分も続いた。その間、効果がないと頭では理解しつつ、逃がれようと移動したり身をよじったりするのをやめられなかった。

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