第296話

 代わりに戸田山がいきり立った。

「本当に、ただの感情論ですよ。内情も何も知らないで、ほとんど部外者のくせにリーダー選びのときだけ口出ししてきて。何の権限があるんですか」

 同調しつつ上から目線で宥めるのはみち子だ。

「向こうのほうが偉いってことを見せつけるために口出しをしてくるのよ。ある意味滑稽じゃないの、私たちの所長選びであちらさんが揉めるなんて。好きなだけ揉めさせておけばいいのよ」

 どうも、本社を快く思っていない部分があるらしい。おりょうの前でそんな話をして大丈夫なのだろうか――と視線を送ると、慰めるような苦笑を返された。気づいてみち子が言う。

「ああ、大丈夫よ。姐さんは大体何でもご存じなんだから」

 一回り以上年上の班長に姐さんと呼ばれて、おりょうは謙遜するように小さく頭を下げた。一瞬嫌みかとも思ったが、みち子の態度にその気配はない。

 ――姐さん?

 そんなに立場が上の人物なのか。今頃になってひやっとする。本来なら安治が付き合える存在ではないと言われたのを思い出す。

 複雑な気分で端正な顔を見つめる。その顔が急にがくっと傾くと、頭頂部が安治の顎に触れた。何かと思えば、自身の左腕がおりょうを抱き寄せている。

「こら!」

 ペットでも叱るような声が思わず出た。見ていたドクターたちが可笑しそうに笑い声を上げる。おりょうはかまわない様子で、そのまま安治の腰に両腕を回した。

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