第295話

 みち子と戸田山もそれぞれ端末を取り出して見ている。

「あれ、おりょうちゃんは?」

「私は本社組ですので」

「ああ、違うんだ」

 この会話に所長は若干苦い顔をした。

「本社には本社の指示系統があるから、私から直接全員には送れないのよね。一応メッセージは送っておいたから、班長辺りまでは連絡が行く……と、思うんだけど」

 確信はないらしい。

「もし本社の人に該当者がいても、こっちまで報告があるかはわかりませんよね」

 戸田山の発言に、所長が溜め息混じりの声を漏らす。

「まあ期待しないでおくわ。……協力を求められない限り、こっちも手伝わなくていいってことなんだし」

 安治はあれと思う。横のおりょうにそっと訊く。

「本社とは仲が悪いの?」

 声を潜めた甲斐もなく、その場の全員に聞こえていた。「悪いわけじゃないんだけど」と答えたのはみち子だ。

「あっちは派閥争いが盛んなのよ。向こうから見ると、研究所は研究所っていう一つの派閥なのよね。しかも研究所に協力的な派閥がいるせいで、そこと仲の悪い派閥は反対に研究所アンチなの」

「え、本社内の派閥争いのせいで研究所に協力しないんですか? 何か……不合理な」

「言ってもしょうがないでしょ。人の集まりなんてそんなもんよ」

 やや投げ遣りな口調でみち子が極論する。

「私が気に入らない人もいるしね」

 言ったのは所長だ。悩ましい風ではなく、むしろ笑っている。表面上だけかもしれないが、深刻な雰囲気ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る