第294話
すぐに熱気と緊張で手に汗をかき始めた。その湿った手に容赦なく、温かく、湿っぽく、柔らかいものが押しつけられる。
途中から安治は嫌なものを連想してしまっていた。これは……脂肪というより粘膜ではないのか。例えば……女性器とか。それも巨大な。
思う間にも触り心地はぬるぬるとしてきて、鳥肌と悪寒がやまなかった。もう少し長く続いていたなら、吐き気が嘔吐に変わっていただろう。
くらくらする頭で思いつく言葉を並べた。うまく説明できた気はしないが、頷きながら聞き終えた所長が訊く。
「今はどうなの?」
「今は……とりあえず何も」
何もと言いつつ顔を歪ませる。直接触っているものはない。しかし、人の体温のような息づかいのような気配に囲まれている感じがあった。付着した粘液は拭うこともできずそのままだ。
「こっちの手は?」
戸田山は安治の左手の甲をぱちんと叩いた。反射的に左手も戸田山の手を叩き返す。
「何も感じないです」
「神経がつながってない感じ?」
「そうです。だからこれは、誰かの腕なんです」
それだけは強めに主張する。
「誰か、ねえ……」
みち子が困ったように呟いて所長を見る。所長は少し前からアバカスをいじっていた。
「とりあえず所員全員に緊急アンケートを送っておくわ。片腕がなくなったり、見えている腕と本当の腕が乖離している人がいたら連絡するようにって」
言葉通り、数秒後に安治の端末にも「緊急」と題されたテキストメッセージが届いた。回答はYesかNoを選択する形式だったので、安治はYesのボタンを押す。
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