第293話
「うわッ」
突然叫んで安治が飛び退いた。目を見開き、暴れているわけでもない左腕を右手で強く掴む。続けて何度も短い悲鳴を上げた。
「気持ち悪い! 助けて!」
身をよじりバランスを崩してデスクに体当たりした安治を、おりょうが抱きしめて止める。
「うわ、うわ」
尚も何かから逃げようとするのを、華奢な身体で苦もなく押さえ込む。
「さすがですね。動きのキレが違う」
感心する戸田山に、おりょうは一瞬だけ苦笑いを浮かべてみせた。冷蔵庫に吸い込まれるのを阻止できなかった負い目だろう。
三分ほどで安治の恐慌は収まった。おりょうに抱きかかえられたままデスクの上にぐったりと腰を下ろす。
落ち着いた頃合いを見て所長が問いかける。
「どうしたの?」
「……変な感覚が」
「本当の左手に、ってこと?」
「はい……」
急激に動いたせいで頭痛を覚え始めた頭をどうにかドクターたちに向ける。その顔には汗が伝っていた。
「……変なものが触ったんです」
「変なもの?」
変なものとしか言い様がない。姿が見えないのだから、それが何なのか判別がつかない。
近いものを探すなら人体だろうか。ほんのり温かく湿り気を帯びた、皮膚越しの脂肪のような柔らかいものに、肘から下を挟まれた。
感覚では腕は自由に動かせている。だから、それから逃げようとして腕を引っ張ったり回したりしたのだけれど、どこに動かしてもそれに当たった。意図的に囲まれているようだった。
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