奇妙な左手

第289話

「大丈夫ですか?」

 目を開けたとき、すぐ目の前にはおりょうの心配そうな顔があった。廊下に膝をつき、安治の頭の下に手を入れている。

「え?」

 思わず驚きの声が出た。何も変わった気がしない……という点が意外だった。

 痛みも何もない。頭もすっきりしている。見える景色にも変化がない。

 ――何が起きたんだ?

 上半身を起こして自分の身体を見る。記憶と違うところが何一つない。

 ――そんなはずは。

 冷蔵庫に遭遇して吸い込まれた。そして扉も閉まった。――と感じたのは間違いだったのだろうか?

「どこか違和感は……」

 訊いてきたおりょうに問い返す。

「さっき、冷蔵庫があったよね?」

「はい、私にも見えました」

「俺、吸い込まれなかった?」

「はい、左腕が吸い込まれて、扉が閉じたように見えました」

「え、左腕だけってこと?」

「そう見えました」

 右手で左腕を触る。痛みもなく、特に何ともなっていないようだ。拳を握ってみる。動く。特に問題は――。

 ――――?

 微妙に違和感を覚えた。しかし何がおかしいのかわからない。

 おりょうの顔をじっと見る。

「何でしょう?」

「…………」

 冷蔵庫に接触したのは確かだ。しかし自分が変わっていないということは、世界そのものが変わってしまったのではないか。ここは冷蔵庫の中の世界なのではないか。

 そんな疑いが頭を占領していた。

 今目の前にいるおりょうは、本物なのか――?

 判断できずに凝視する。と、その滑らかな頬に細長い男の指が這った。

 ――――!

 思わず身体を震わせる。触ろうとはしていない。なのに勝手に左手がおりょうの顔を触っていた。

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