第288話

 でも自分は、人に冷蔵庫の位置を教えることができるわけで――。

「ううん」

 どっちつかずの考えが頭の中で押し合う。それを体現するように頭を下げたり上げたりしているうちにエレベーターが止まった。

 安治はお守りを取り出して右手に持っていた。表面に書かれている字は何なのだろうと気になり、それを見ながら出口に向かう。

 自分の部屋に続く、明るく無機質な通路に出た――はずが、いつもはない陰りに気づいた。

 ――何かある?

 視線を上げるのと、その正体を察するのとは同時だった。一瞬にして血の気が引く。

 エレベーターを出たところに、半透明の冷蔵庫が立っていたのだ。

 しかもそれは今まで見た中で最も大きく、長身の安治でもすっぽり収まってしまう高さだった。

 加えて、今までにはなかった光景に安治は混乱する。

 明かりが煌々と点る庫内、空の棚に引き出し、ドアポケット……。

 ――扉が開いている。

「うわッ」

 咄嗟に下がろうとしたものの間に合わない。強い吸引力に身体が引き寄せられる。

 お守りをぎゅっと握る。一方でお守りを持っていないほうの左手は、強い力になすすべもなく宙に浮いた。まるで誰かに掴まれているかのように、まっすぐ延びた状態で明るい庫内に引きずり込まれていく。

「安治さん!」

 おりょうの叫び声が聞こえた。

 ほぼ同時にバタンと扉の閉まる音が聞こえ、安治の視界も意識も真っ暗になった。

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