第286話

「ああ……」

 その研究は合っているのだろう。ただ、見えなければ意味がない。

 もっとも、見えてしまったほうが危険だ。一心不乱に追い求める姿に哀れみを覚えつつ、余計なことは告げまいと決心して通り過ぎる。

 通り過ぎてしばらくしてから、やはり気になって振り返った。冷蔵庫も研究者の姿もかき消えていた。

「あれ……いなくなったね。他に行ったのかな」

 呟く声にたま子が「誰がだ?」と聞き返す。

「誰って、秋元さんだよ」

「秋元さん?」

 たま子もエロスも、誰だそれはという顔をしている。安治の背筋に寒気が走る。

「……え?」

 ――冗談……だよね?

 しかしからかっている風でないのは雰囲気でわかった。思わずむきになる

「さっきエロスちゃんが言ったじゃん。元家電チームの秋元さんだって。たま子さんも、班長になれる人だったって、気の毒そうに……」

「そんなこと言ったか?」

 二人は怪訝そうに顔を見合わせる。ほんの数秒前のことがすっかり抜け落ちてしまっているらしい。

 タナトスを見る。こちらは理解しているのかいないのか、ビー玉の瞳で安治を見返すだけだった。

 ――消えた?

 姿も、人の記憶からも。

 至近距離に冷蔵庫があった。見えなければ害はないと思ったのに、何かの弾みで開いてしまったのだろうか。

 ――教えて引き離していれば。

 後悔が浮かんだ。すぐにそうではないと思い直す。教えれば余計に執着しただろうし、自力で勘づいたのかもしれない。どっちみち運命は変えられなかったのだ。

 ただ、後味が悪い。自分には見えていただけに。

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