第284話

 何気なくこぼれた言葉に、女性二人が反応する。

「どこへも行けないからな。自分のしたいことをするしかない」

 とエロス。

「他を知らないからな。もっと楽しいことがあるって知らないから、満足できるんじゃないか?」

 とたま子。

 エロスが隣に向かってやや呆れた声を出す。

「何だお前、卑屈だな」

「そうか? お前が言ってるのと変わらないだろ」

「変わる。お前が言ってるのは、本当はつまらないことなのにそれがつまらないってことを知らないから楽しいと思っている――ということだろう?」

「お前が言ってるのだって、そういうことだろ」

「違う。私が言っているのは、環境的に雑念が入りにくいから、やりたいことが見つかった場合はそれに集中できる――ということだ」

「なるほど……前向きだな。お前、前向きな奴だったんだな」

 感心したように腕組みして、見た目は年下の少女を見下ろす。エロスはやや照れたように言い返す。

「お前が卑屈な奴だってことは、前から知ってるけどな」

 どうやらたま子とエロスは以前からの知り合いで、おそらくは仲が良いらしい――とわかったところで、安治の視界に奇妙な人物が入り込んだ。

 タナトスも同じらしく、二人同時に立ち止まる。その背中に女性二人が相次いでぶつかった。

「おい、壁!」

 怒鳴って背中を叩くたま子と反対に、エロスは「慣性の法則だな……」と自嘲気味に呟いている。

「あ、ごめん」

 安治もタナトスも背が高いので、並んで歩いていると後ろの人の視界を塞いでしまう。わかってはいたのだが、咄嗟に気が回らなかった。

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