第282話
安治は成長期以降、一つ上の姉である澄子がいつも妹に間違われていたのを懐かしく思い出した。
もっとも安治よりは小柄だというだけで、澄子の身長は一七四センチある。妹だと思われたのも、安治が彼女を名前で呼ぶせいかもしれない。
エロスは無表情のまま振り向き、感情を込めない低い声で応えた。
「ありがとう。お前もな」
――お前も?
それは「可愛い」の部分を返されたのだろうか。よくわからず内心で苦笑いする。
「安治、遅い」
気づいたタナトスは、持ち前の運動神経を発揮して一瞬で安治の右側に来た。怒っている。
「ごめん、みち子さんに呼ばれてたから」
「お前は? 暇なのか?」
たま子がエロスに訊く。エロスは椅子から降り、タナトスに歩み寄りながら無意味に高飛車な態度で答える。
「訊くまでもない。我々の時間は無限にある」
タナトスはまるでそれが自然の法則であるかのように、エロスが近づくごとに一定の距離を保って移動した。ちょうど安治を中心に半円が描かれる。安治は自分の右側から左側にタナトスを追って視線を動かした。今右側にいるのはエロスだ。
「暇なら一緒に行くか?」
気楽にたま子が訊く。タナトスは、何てことを言うんだとでも言いたげに頬を膨らませて睨んだ。たま子は面白そうに笑う。
エロスの目に一瞬寂しさが浮かんだ。すぐに吹っ切るようにたま子を見上げる。
「別にかまわないが。お前も暇なんだろ?」
タナトスを追いかけるのはやめにしたらしい。さり気なく安治とタナトス、たま子とエロスがペアになる形が作られた。
どこへ行くとも言わず、タナトスはまっすぐ玄関に向かう。やや足早に感じるのは気のせいではないだろう。散歩に出るつもりらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます