第279話
そんな安治をたま子がじとっとした目で見る。何か敵意か軽蔑のようなものが含まれてるような。
――馬鹿にされてる?
「お前……自覚ないんだな」
「自覚? 何の?」
冷たい眼差しと声を中和するように戸田山が割って入った。
「冷蔵庫を察知する能力に関しては、安治くんのほうが高いよね」
「え? はあ」
そう言われてもぴんと来ない。安治には霊感などない。今までに不思議な体験をしたことなどないのだから。
「だって、そういうものなんでしょ、冷蔵庫って」
「そういうのってどういうのだよ」
やはり馬鹿にしたようにたま子が吐き捨てる。
「まあまあ。――冷蔵庫が見える人と見えない人がいるのは何故なのかについては議論がありますからね。必ずしもダイモンが見える人に冷蔵庫が見えるわけではないようで――」
言いながら戸田山ははっとした表情になり、恐る恐る班長のほうを見た。みち子は戸田山とは視線を合わせず、考え込むような仕草で片方の頬を膨らませている。
「ダイモン?」
安治が聞き返すと、思い出したようにたま子が自分の斜め後ろを手で示した。
「何か見えるか?」
「何かって? ……床と机しか」
「違和感のあるものはないか? 例えば、動物めいたものが見えるとか」
「動物?」
何のことを言っているのだろうと、空間を上から下まで見つめる。何も見当たらない。
「見えないのね」
少し意外そうにみち子が言った。
一体、何が見えないと言われているのだろう。
「何ですか、その――」
言いかけるのをたま子が遮る。
「気にするな。覚えなくていい。お前には関係がないようだ」
「――気になるんだけど」
「忘れろ。それより冷蔵庫だ。お前は遭遇しやすい上に防衛本能が弱いみたいだから」
それを聞いたみち子が両手を打ち合わせる。
「そうそう。戸田山、あれを一つ渡して」
「あ、そうですね。もらってて良かった」
引き出しから取り出したのは長さ四センチ、幅一センチくらいの小さな木の札だった。表面には墨で文字らしきものが書かれている。
「何ですか? お守り?」
「ええ。
「そしたら部屋に置く分がなくなるじゃないですか」
「前にももらったのがあるから、いいわよ。どうせ私たちには見えないし」
「危険はお前に集中してるみたいだしな」
まるで避雷針だ。感謝すべきなのかよくわからないまま受け取って眺める。
「……これがあれば冷蔵庫に遭わないんですか?」
素朴な問いかけに三者三様の返事が返る。
「さあ。私たちには見えないからわからないわ」
あっけらかんとしているのはみち子。
「お前、お守りってそんなに強力なものだと思ってるのか?」
眉を顰めたのはたま子。
「ご神木の切れ端ですからね。物体としては割り箸と同じく、ただの木材です」
にこやかにそんなことを言うのは戸田山だ。
安治はありがたがるのをやめて、木片をポケットに突っ込んだ。
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