第273話

 今目の前の現実は――。

 ストッキングを履いた滑らかな太股をまさぐり、両脚の間に手を差し込む。制止するように挟まれた。

「続きは後で」

 耳元で囁かれた声にぞくっとする。ふざけていたつもりが、却って離れたくなくなる。

 しかしおりょうはするりと腕を抜けると、何もなかったように自分の席に戻った。一呼吸置いて話題を元に戻す。

「冷蔵庫は現れ始めたときより消える間際が一番強くなると言われています。安治さんは出遭いやすい体質かもしれませんから、行動の際は十分に気をつけてください」

「あ――じゃあ、部屋から出ないほうがいい?」

 それなら仕事が休めるんだけど、と淡い期待をしつつ訊く。

「いえ、どこにいても同じだと思います。本社にも引き寄せやすい体質の方がいて、その方はある朝起きたら、ベッドの周りを五台の冷蔵庫に囲まれていたそうです」

「……怖」

 ホラー映画だ。それともコメディだろうか。

「その人どうなったの?」

「無事です。扉を開けてはいませんから」

 ややほっとする。

「そうだよね。開けなければ問題ないんだもんね」

 ほっとしつつ、がっかりもした。結局、仕事を休む口実にはならないらしい。

 ――まあいいか。

 一人で遭遇するより、誰かと一緒のほうがまだ気が楽だ。

 それにタナトスが冷蔵庫を見つけたら、開けてしまわないように注意しなければならない。もしタナトスが吸い込まれていなくなったら、安治は失業だ。いや――別のもっと大変な仕事をさせられるに違いない。

 一人納得して重々しく頷く。

「気をつけないとね」

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