第256話

 選んだのは安治が小学生の頃に流行ったハリウッド映画で、途中でうたた寝をしてしまった。ソファとクッションに挟まれる感触に気が緩んだのかもしれない。

 ふと目を開けると、低い仕切りの向こうから覗いている人がいた。一人ではない、二人か三人いる。興味津々の眼差しで、安治が目を覚ましたのに気づくとくすくす笑い声を漏らす。

 ――見られてた。

 気恥ずかしさを覚えつつ横のタナトスに目を遣ると、こちらも呑気に口を半開きにして眠っている。

 狭いブースで並んで眠りこけている美男子とヤギ――思わず眺めたくなる光景に違いない、珍しいもんな……と自分を納得させる。

 映画が終わるとちょうど昼どきだった。再び食堂に移動して昼食にする。

 時刻のせいで多少混んでいた。タナトスが担々麺を取りに行っている間、安治は席を確保しようとうろつく。と、「ヤギちゃん」と子どもを呼ぶような声をかけられた。

 見上げると、可愛らしい女性が笑顔を向けていた。

 ここでいいやと隣の席に行く。前足を椅子に乗せて立ち上がり、首に掛けたバッグを女性にアピールする。

「これ? 開けるの?」

 中に入っているヤギクッキーを見た女性は察して、パックを開けて一本ずつ食べさせてくれた。

 食べさせてもらっているだけなのに「可愛い~」と褒められる。近くにいた女性たちも集まってきて、交互に食べさせてくれたり撫でてくれたりした。

 ――役得だな。

 まるで王様のようだ。ずっとこのままでいたい気すらしてくる。

 じきにタナトスが合流した。女性たちはもちろん、タナトスの美貌にも嬉しそうに目を細める。しかしタナトスをべたべたと撫でたりはしない。

 安治の頭に「勝ち組」という言葉が浮かんだ。

 ――楽しい。

 ぷるぷると尻尾を振る。それにもまた「可愛い~」と反応される。人生ってこんなに簡単なのかと自惚れる。

 ――まあ、明日には人間に戻ってるんだけど。

 今日に比べたら冴えない一日になるだろう。それなりに頑張って仕事をしても、不十分だと文句を言われたりするのだ。存在するだけで褒められるヤギに比べて、何て損な生き物なのか。

 ――今度北条さんに会ったら、ゲームの新作にヤギを推薦してみよう。

 人間のままモテるより、ヤギになったほうが気楽でいい。何せ努力をする必要がないのだから。悩む必要もない。悩んでいるヤギなんて、却って可愛くない。

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