第255話

 タナトスは不思議そうにしばらくそちらを見ていた。しかし何もおかしいと思わないようだ。

 タナトスのほうが図書室には慣れている。それで違和感を持たないということは、自分のほうがおかしいのか――と気づき、安治は主張をやめた。

 覚えていないだけで、きっと昨日もあったのだろう。考えてみれば、受付なんて意識して見てはいない。目に入らなかっただけだ。

 そう納得し、心の中でタナトスに謝りつつ奥に進む。事情のわからないタナトスは「もういい?」と困惑した様子でついてくる。

「メェ」

 ――ごめん。

 そもそもなんで急に冷蔵庫が気になるようになったんだろう。

 自分で自分が不思議だった。きっと以前は、気にならなかったから印象に残らなかったのだ。どこにあろうと、どんな大きさだろうと、気になれば印象に残るし、気にならなければ印象に残らない。

 ヤギになったせいで、より巨大に見えるようになったからだろうか……?

 そう思って歩くと、本棚も更に大きく感じられた。踏み台を使っても、手の届かない場所のほうが多い。

「安治、どこに行く?」

「メェ」

 タナトスは本を読みたいのかもしれない。しかし今は議論をする口を持っていないのだ。かまわず視聴覚コーナーへ行き、一人掛けにしては余裕のあるソファに飛び乗ると、ヘッドホンを頭に乗せた。当然耳には固定できない。ずり落ちて首に引っかかった状態だが、骨伝導式なので問題はない。デスク上のキーボードを鼻で操作する。

「安治、ビデオを観る?」

「メェ」

「ではタナトスも」

 言うと同じ席に座ろうとしてきた。

「メ――」

 狭い。無茶だ。暑苦しい。

 どうにか阻止しようとするも、場所がなくて頭突きもできなかった。かろうじて頭をタナトスの腕にごりごりと押しつける。じゃれているようでしかない。

 タナトスはヤギの胴体を抱えて持ち上げると、腹を画面のほうに向かせて人間が座るような姿勢を取らせた。その腹にクッションを抱かせる。隣にタナトスが座り、安治はぴたりと収納された。

「…………」

 文句を言おうとして迷う。窮屈だが安定は良い。しかし動けないので、長時間では身体が痛くならないか。いや、痛くなったらそのとき騒げばいいのか……。

「何を観る?」

 自身もヘッドホンを装着しながらタナトスが画面を操作する。抗議するタイミングを失った安治は、結局そのまま一緒に映画を観るしかなかった。

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