第254話
タナトスは水の入ったボウルと自分用のレモネードを持ち、テーブルに向かった。適当な席にボウルを置き、自身はその向かいに座る。何を考えているのか、ボウルはテーブルの上だ。
――やっぱりか。
きっとそうする気がしたので、文句よりも溜め息しか出ない。意地悪なのか、本当に思い至らないのか。
――まあ、言ってもしょうがない。三歳児なんだから。
第一、言うことができない。
安治は仕方なく自分で椅子を引き、人間のような体勢を試みた。まずテーブルに前足をかけて立ち上がり、それから両足を同時に蹴って椅子に尻を乗せる。
三回目でうまくいった。身体が硬いので深く腰かけてしまうと首がボウルに届かない。座る位置を調整しながら、前足で上半身を支えてボウルに鼻先を突っ込む。どうにか飲めた。
一部始終を眺めるタナトスは、何も気にならない様子で「次は図書室」とマイペースに提案する。
――図書室なら視聴覚コーナーで映画でも観ていればいいか。
やたら動き回るより楽だと思い同意する。
水を飲み終わる頃、ふと視線を感じて首を向けた。偶然通りかかったのだろう白衣姿の老齢の紳士が、信じられないものを見る顔つきで安治を凝視していた。
――研究所の人でも驚くんだな。
何だか嬉しかった。
数分休憩した後、グラスとボウルを片付けて予告通りに図書室へ向かう。
その途中であれと思った。
――今、冷蔵庫……なかった?
既にエレベーターに乗った後だったので確認に戻ることはできない。しかし、入るときに見た黒い家庭用の冷蔵庫がなくなっていた気がする。
意識していなかったので見落としただけだろうか? しかし、その場所に白い壁を見たような……。
よく思い出そうとしてもはっきりしない。一人で首を左右に振りつつ、気にしてもしょうがないなと忘れることにする。
ところが更に気になる存在が現れた。図書室の受付カウンターの内側にもやはり、背の高い冷蔵庫があったのだ。
目に入った瞬間、思わず「メェ」と鳴いていた。
昨日はなかった。あれば気がつかないはずがない。それくらい不自然な存在感がある。
受付のお姉さんはよく見ればエンケパロスだ。休憩時間にジュースを飲んだりはしないだろう。だいたい、受付のすぐ後ろにはドリンクコーナーがある。
「何?」
聞き返してきたタナトスに、必死に鼻と前足で冷蔵庫を指す。
「受付? 何か訊きたい?」
「ンメ」
そうじゃない、と首を横に振る。
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