冷蔵庫現る

第252話

 ネギの件でタナトスが叱られるのを安治は期待した。しかしたま子はタナトスの汚れた姿を見て呆れただけだった。腰に手を当てて溜め息をつく。

「いくらヤギになったからって、もうちょっとどうにかできるだろ」

 責める口調に安治はむっとする。

「……メェ?」

 ――俺が怒られてる?

「お前だよ。教育係の自覚持てよ」

 見上げるたま子はいつも以上に大きい。スタイルは良いのだからワンピースでも着ていてくれればいいのに、だぶっとしたジーパンを穿いている。見上げ甲斐がない。

「メェ」

 ――子どもじゃないんだから。タナトス自身の責任でしょ。

「一人にしておけないのがわかってるから、わざわざお前をつけてるんだろ」

 妙に的確に言い返してくるたま子に閉口する。ヤギの思考がわかるのか、それとも当てずっぽうか。

「ちょっとここで待ってろ」

 言い置くと、たま子はタナトスを連れて行ってしまった。きっと部屋に戻って着替えさせるのだろう。

 人間のときならまずコーヒーを飲むところだが、今はそれもできない。あまり人目につかないよう、食堂の扉を入ったところで腹這いになる。

 すぐに通りかかった二人組に見つかった。

「やだ、ヤギがいる! かわいー! ……なんかネギ臭いけど」

 片方は若い男性の声に反して、見た目は完全に若い女性だった。生足に膝上丈のスカートを穿いている。

 安治は気づかれないようにそっと視線を逸らす。不可抗力だとしても、見たら何だか申し訳ない。

 視線を逸らした先に奇妙なものがあった。黒い、家庭用の冷蔵庫だ。壁にくっつけて置いてある。

 ――こんなところにあったっけ?

 食堂だからあっても不思議はないかと思ってから、いや不自然だと思い直す。中身が見える業務用ならともかく、出入り口横の壁に家庭用とは。食材を入れる用途なら厨房内にあるだろうし、飲み物専用の冷蔵庫は食堂の奥にある。一体何が入っているのだろう。

 気になってタナトスが戻ってくるまでの間、見るともなしに眺めていた。しかし誰も開ける人はいない。目に入らないかのように皆、素通りしていく。

 ――何が入っているんだ?

 ひょっとしたら食堂に来た人が一時的に私物を保管しておくためのものなのかもしれない。研究所だから、食品に限らず要冷蔵のものは色々とあるだろう……。新種のウィルスとか?

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