第265話

 ――意外と悪くなかったよ。

 言いかけてやめた。ならばそのままヤギでいてくださいなんて言われても困る。おりょうだって、どうせ面倒をみるならヤギのほうが可愛いはずだ。

「あれ……着替えさせてくれた?」

 手で身体を探る。着ているのは、ヤギになる前に着ていた寝間着に違いない。

「いえ、私は何も」

 そういえばヤギになったとき、着ていたものはその場に残っていなかった。どうやら着ているものごと変身する仕組みらしい。もちろん理屈はさっぱり不明だ。

 ――毛皮が服ってことか?

 人間は動物を「裸」だと思う。それは人間にとっては服を着ているのが当たり前――という前提からだ。逆に考えれば、服を必要とするのは人間のみで、それこそが特殊なことなのかもしれない。動物側から見れば、毛皮や丈夫な皮膚を持たずにいちいち服を必要とする人間は不便極まりない存在だろう。

「ありがとう。もう大丈夫だから、休んでよ。俺も風呂入って寝るから」

「何か召し上がりますか?」

「うーん……でも、自分でできるから平気だよ」

 おりょうは納得した様子で頭を下げ、自分の寝室に戻っていった。

 何だか身体が硬い。一つ大きく伸びをする。肩の関節がパキパキと鳴った。

 眠気が取れたところで「風呂に入るか」と呟いてベッドを降りる。

 シャワーを浴びながら、改めて全身を手と目で確認した。ひょっとしたら足の先だけ蹄のままだったり、尻尾が残っていたりするかもしれない。あるいは胃がヤギのままで、食べたら反芻したりして……と思いながら。

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