第263話

「用があるならやっておくぞ。何かあるか?」

 立ち上がったたま子に続いて安治もソファを降り、部屋の中を見回す。何かしておいてほしいこと……思いつかない。この身体では風呂も着替えも必要ないので、やることはほとんどない。

「冷蔵庫が現れ続けるのはだいたい二、三日だ。それを過ぎれば当面は何もない。どこに現れるかわからないから、部屋に籠もってる必要もないぞ。部屋の中に現れる場合もあるからな。普通にしてろ。それで出遭ったら無視して通り過ぎろ。それだけだ。わかっていれば怖くないだろ」

「メェ……」

 力ない鳴き声は、たま子の耳には消極的な承諾に聞こえたかもしれない。実際には「部屋の中にも出るの……」という落胆だった。

 たま子が部屋を出てから思いついて、ソファや床に粘着ローラーをかけた。口と前足を駆使して、散らばった体毛を掃除する。掃除が目的というより、この身体でどこまでできるかを試している面が大きい。

 ローラーの柄は二つの蹄の間に挟めば簡単に持てることがわかった。片方の前足でコロコロとローラーがけをしながら、これを人が見たらどう思うだろうと想像して一人で笑う。

 九時過ぎ、安治は急に眠気を催した。まだおりょうは帰って来ない。寝るには早いだろうと思いつつ、いつの間にかカーペットの上で寝入ってしまった。

 目が覚めるまでの間に色々な夢を見た。内容はすぐに忘れてしまったけれど、とにかく色々見た――という気がする。

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