第260話

 たま子は勝手に部屋を見回すと、冷蔵庫からアイスティーを持ってきて安治の隣に座った。

「きれいな部屋だな」

「メェ」

 ――たま子さんとこと違うの?

 念のため、言葉が通じないかと聞き返してみる。

「姐さんがきれい好きなんだな」

 通じないようだ。やはりエロスが特殊なのだろう。

 たま子はアイスティーを一口飲み、そのまましばらく黙った。目線はずっと下がったままだ。どこか寂しそうに見える。

 ――どうかした?

 心中での問いかけが届いたわけではないだろうが、たま子が口を開いた。

「本当は今日、部屋に来るはずだったんだ」

 ――誰が? ……あ。

 すぐに察する。本社に勤めるという恋人がだろう。

 ――ん、急な用事?

 おりょうに急な用事とやらが入り、たま子の恋人にも……。どちらも本社に勤めているということは、本社でトラブルでもあったのだろうか?

 たま子は出し抜けに、いつも通りの飄々とした口調で言った。

「冷蔵庫が現れたらしいんだ」

「…………」

 普通に聞いて意味不明の、ともすればユーモラスな発言に安治の背筋が凍る。

「……メェ」

「お前は知らないだろうけどな、たまにあるんだ。平均して年に一回くらい……何年もないときもあれば、立て続けに起きるときもあって、今年はもう二回目なんだ。それでみんなぴりぴりしてる。山が騒いでるせいなんじゃないかって、大社おおやしろにお祓いを頼みに行ったり。黒服組はマチ中のパトロールだ」

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