第249話
「勝手に入っちゃ駄目だよ」
急に背後から声をかけられて飛び上がる。振り向くと、作業着に身を包んだ年配の男性がバケツとデッキブラシを持って立っていた。
「入っていない。外から見ている」
反論するタナトスは落ち着いている。男性は呆れ顔をした。
「お前さん、この間、馬に唾を吐きかけられただろ。あれで懲りたかと思ったんだけどね」
「懲りる?」
「もう来ないかと思ったよ」
「来る。散歩」
「危ないから一人では来させないでくれって、連絡したんだけどね」
「一人ではない。教育係がいる」
「教育係? どこに?」
問われてタナトスは安治を指した。指されたほうはぎょっとする。
――説得力ないだろ。
まがりなりにも人間の姿なら話が通じただろうが。
男性は首にウェストバッグをつけたヤギを不思議そうに見た。
「その子は……ここのじゃないね?」
――違います。
安治は必死に首を振る。間違われて小屋に入れられては堪らない。
「研究所産」
タナトスが言うと、男性は「ああ」と大げさに頷いた。
「そうか、あんた、言葉がわかるのか」
「メェ」
今度は必死に頷く。
「そうか、じゃあ、もう連れてってくれよ。そんなに汚れてたんじゃまずいだろ」
「メェ」
その通りだ、早く帰ろう……とタナトスの脚を後ろから押す。
「もう帰る?」
不満そうに聞いてくるのに一喝する。
「メェ!」
不承不承歩き出したタナトスに男性が声をかける。
「次は人間の教育係が一緒だといいんだけどな」
冗談だったのかもしれない。しかし安治はそれにも強く「メェ!」と鳴いた。
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