第245話
見回して「いない」と呟く。
どこを曲がったのか、植物の影に隠れただけなのか、大きなリクガメの姿はなくなっていた。
安治はタナトスの長い髪やロングカーディガンが乱れ汚れているのが気になった。土と草の葉や種が絡みついている。いかにも野外で転んだ風情だ。誰かに襲われたようにも見えなくはない。
タナトス自身はあまり気にならないらしく、ろくに直そうともしない。ヤギの身体では汚れを払ってやることもできず、もどかしく思う。
「メェ」
――もう建物に戻ろうよ。
誰かに会ってきれいにしてもらわなければ。そう考えて提案するも、もちろん通じない。
「あっち」
かまわず歩き出したのを、ロングカーディガンの裾を咥えて引き戻そうとする。これにはタナトスも引っ張り返した。
「安治、引っ張らない。離す」
「メェ!」
――戻ったほうがいいって。
「農園に行く。動物がいる」
――農園?
まだ目的地があったのか。
タナトスの力は意外に強く、引っ張り合えば服が破れてしまいそうだった。結局安治が妥協した。泣く子と地頭には勝てないという言葉が頭をよぎる。
庭園と農園の境目は曖昧だった。道沿いに植えられている花や草が、いつの間にか食べられる植物に変わっている。背の高い木は相変わらずあり、よく見るとそれらも食べられる実のなる木に変わっていた。
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