第243話

「カメ」

 とタナトスが言って右に曲がった。後を追って気づく。そこには瓢箪ひょうたん型の池にかかる木製の太鼓橋があった。

 橋は簡素な造りで欄干はない。タナトスは一番盛り上がった部分に立つと、丸く広がる池の中央を指した。

 大きな石がいくつか飛び出している。そこにヘルメットくらいの大きさのカメが一匹、甲羅干しをしていた。

「…………」

 安治は数秒沈黙した。何か違和感がある。しかしその原因がわからない。水辺の岩場にカメ……。何がおかしいのだろう……。

「……メェ!」

 気づいて思わず叫ぶ。タナトスがびくっと肩を震わせた。

 ――あれ……リクガメ!

 微妙な違いだが、気づけば大きな違いでもある。手足ががっしりして逞しい。甲羅も起伏が大きい。あれは通常、池にいるタイプのカメではない。

「メェェッ、メェェッ」

 ――あれ違うよ。

「何故鳴く? 触りたい? 池に入ると濡れる。安治もタナトスも入らない」

 ――伝わらないか。

「メェェ、メェェ」

「安治もしばしばカメを見る? なら、また来る。明日」

 宥めるように言って、散歩を続行しようとする。

「……メェ」

 仕方ない、説明は人間に戻ってからだ。

 見るとリクガメは、太平楽な表情で木々の間から漏れる日差しを楽しんでいる様子だった。

 その視線がちらっと安治を捉えた。安治はどきっとする。人間のような、含みのある眼差し。

 その瞬間に察した。あれはきっと研究所産なのだ。リクガメに見えるのは表面上だけで、実際には違うものなのかもしれない。

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