第242話

「メェ?」

 これって迷路になってるの? と訊きたかったのだが、さすがに通じない。

「タナトス、ここをよく歩く。池でカメを見る」

 舗装されていない地面を歩くのは気持ちよかった。しかし安治は微妙に不便さを覚える。いつもの目線の高さなら道がどこにつながっているか見渡せるのに、ヤギの目線では不可能なのだ。

 飛び出した草の葉や細い枝を避けつつ、小さな羽虫に首を振りながら歩く。

 見上げるタナトスは大きい。今の安治に比べると、三倍も目線が高いのではないだろうか。

 人間だったとき、安治も同じくらいだった。人間って大きいんだな――と思う。

 猫はもっと小さい。牛やライオンも体高で言えば小さい。象やキリンは明らかに大きい。カバはどうだろう――。

 そう考えると、動物の中で人間というのは案外大きいほうなのかもしれない。

 ――大きいじゃなくて、背が高い、か。

 普段生活していて、そんな風に感じたことはなかった。もちろん人間の中では大きいほうなのだけれど、周りを見ればもっと大きなものであふれている。

 クローゼット、ロッカー、本棚、バス、電車、建物……思えば人が作ったものばかりだ。

 人が使うのだから、人より大きくて当然か。家が人より小さかったら意味がない。

 電車より大きな動物というのはいないだろう。だいたい皆トラックよりは小さいはず。 ――だからか。

 街中を歩いていて、自分が大きな生き物だと感じることがないのは。

 人工物を除けば、人は案外大きい。

 人より大きい生き物は――木だ。

 通り過ぎながら見上げる。植物に疎いので名前は知らない。でも神社でよく見かける木だと思う。幹が太く長い。

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