第241話

 外は眩しかった。よく晴れた四月中旬の日。春が終わり夏が始まろうとしている気配がある。

 ――空気。

 玄関を出たところで、はっとして立ち止まる。空気の流れ――風を感じたのだ。

 建物の中は空気が安定していた。常に適温に調整され、不快に感じたことがない。だから空気の存在を意識することさえなかった。

 ――ここには空気がある。

 不意に生きていることを実感した。

 ――何だか、水槽から出た魚みたいだ。

 水がなくては生きていけない。だからこそそれまで当たり前にあった水がなくなったときに初めて、今までの自分は生きていたんだなと気づく。そんな感じだ。

 開放感と背中合わせの不安。

 タナトスの長い髪とロングカーディガンの裾が生き物のようにひらめいていた。タナトスもまた、安治の柔らかな顎髭が風に揺れるのを穏やかな表情で眺めている。

「あっち行く」

 と左手のほうを指さした。

「メェ」

 どこだか知らないが、異存はない。今日は敷地内を見て回れるわけかと思い、素直に従うことにする。

 タナトスが向かったのは、庭園のような植物園のようなところだった。いろいろな植物が生い茂る中を迷路のような道が走っている。ところどころに四阿やベンチなどがあり、小さな池や川もあった。

 植物はすべて意図的に植えられ管理されているのだろう。場所ごとに種類の違う植物がまとまって生えている。見覚えのある植物も、初めて見る植物もある。桜並木もあり、もう少し時期が早ければ見事だったに違いない。今はすっかり葉桜だ。

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