散策

第240話

「散歩する」

 と力強く宣言するタナトスに、安治も力を入れて、

「ンンメェ」

 と首を横に振った。

「う?」

 拒絶の意志は伝わったようだ。タナトスが首を傾げる。

 ――外に出る前に。

 タナトスのロングカーディガンの裾を引っ張ってエレベーターに誘導する。

 乗り込んですぐに自分でパネルを操作する。行き先はトイレだ。

 ヤギなのだから、外に出ればトイレには困らない――と思った自分が嫌だった。人間らしく、建物内で済ませてから外に出たい。

 タナトスは一つ学習した様子で呟いた。

「ヤギはトイレを使う」

「ンメ」

 それは違う、と安治は首を横に振る。しかし自分でも、今の自分はヤギなのか人間なのかわからない。

 おそらくどちらでもないのだろう。今の自分はヤギとしても人間としても不完全な存在だ。どちらともスムーズに意思の疎通ができない。

 前向きに考えるなら、ハイブリッドだ。人間の知能とヤギの愛くるしさを兼ね備えている。前例のない存在は異端だが、しかし新しいものが生まれるときはいつだってそうだろう。これから普及するかもしれない。

 用を足し、今度はタナトスの操作でエレベーターを降りた。場所は食堂脇の玄関だった。

 外に出るつもりらしいタナトスに声をかける。

「メェ?」

 ――外に出ていいの?

「散歩する」

 タナトスは頷いた。

 いいのだろうか。安治は建物の外に出ないよう言われた気がするのだが。

 ――今は違うからいいのか。

 他人から見れば、今の自分は安治ではない。だから問題ないのかもしれない。

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