第239話

 そこでタナトスはやっと疑問を持ったようだった。

「ヤギになれる?」

「なりたくてなったわけじゃないのよ。変な薬を飲まされて、そうなっちゃったの」

「メェ」

 ――そういえば。

 昨日、タナトスも同じものを飲んだはずだ。タナトスはヤギにならないのだろうか。

 安治とタナトスはお互いを不思議そうに見た。

「まあ、大丈夫よね」

 みち子は一人で頷きながら、力強く言った。何が大丈夫なのだろう。

「もし困ったら、タナトス、端末で連絡してちょうだい」

 ――え?

「あう」

 相変わらず子どもっぽい仕草でタナトスが頷く。

「お昼にはこのバッグにクッキーが入ってるから、食べさせてあげて。人間用のものはあげちゃだめよ、身体に悪いから。あと、水は――水道で蛇口を捻ってあげれば、飲めるわよね?」

「あう」

「――メェ?」

 飲めるとは思うが……どういう意味なのか。まさか、今日もタナトスと二人で過ごせと言うのだろうか?

 ――ヤギになってるのに。

 それでも仕事をさせられる――のか?

 所長も溜め息をつきながら、思い切ったように言った。

「タナトス、わかってると思うけど、無茶はしないでね。いつもの場所なら行ってもいいけど、どこへ行こうか迷ったら、食堂か図書室にいなさいね」

「あう。大丈夫」

 タナトスはどこか張り切って答えた。なぜ張り切るのか。相方がヤギになったから?

 安治の戸惑いをよそに、タナトスは遠足にでも出かける足取りでドアに向かった。安治も仕方なくそれを追う。

 なぜか一同もついて来る。部屋の外で全員に見送られて、その日の業務が始まった。

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