第233話

 おりょうは最後に小さなウェストバッグを安治の首にかけた。

「クッキーと端末はここに入れておきました。必要なときは誰かに開けてもらってください」

「メェ」

「――では行ってきます」

 名残惜しそうなおりょうを尻尾を振って見送る。

 一人になった後、気づいて玄関にある姿見を覗いてみた。そこに映るのは、どこから見ても完璧なヤギだ。

 ――可愛い。

 思わず感動する。子ヤギではないが、あまり大きくはない。角も小さい。真っ白な体毛に赤い首輪がよく似合っている。

 角度を変えて見てみる。やはり可愛い。ちらっと見ても、じっくり見ても可愛い。飛び上がったり、尻尾を振ったり、耳をぱたぱたさせたり、後ろ足で立ったりしてみる。さらに可愛い。

 ――完璧だな。

 安治は今まで生きてきた中で一番、自分の容姿に満足感を覚えた。髪型や服装に気を遣うこともなく、そのままの自分を全肯定できることに驚きすら感じている。

 この姿なら、会う人の誰もが好意を持ってくれるに違いない。たとえヤギ嫌いの人に否定されようと、自分では自分を嫌いにならない自信がある。

 急に誰かに会うのが楽しみになった。こんなに前向きな気分になれたのはいつ以来だろう。

 やがて時間になった。教わった通り、ドアの適当な場所に鼻を当てる。開いた。人間のときの生体認証と異なり、首輪についた発信器の作用らしい。

 通路に出て左右を見回す。ちょうど左から八木さんらしきヤギが来るのが見えた。

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