第232話

 そして本当の問題は、これから部屋の外に出てからだ。スカートの女性にはうかつに近づけない。

 ――気をつけないと。

 心得として胸に刻む一方で、キッチンに立つおりょうがどうしても気になった。さり気なく近づき、背後から見上げる。引き締まった細い太ももの上に、肉づきの薄いぷりっとした膨らみがある。

 どの角度から見てもきれいだなと感心しつつ、鼻先で突いてみたい衝動に駆られた。

 しかしさすがにスカートの内側に顔を突っ込むのは、人間としての矜持に関わる。

 ……反面、ヤギの今だからこそできるのでは……。

「何か?」

 おりょうは軽く笑って角を撫でた。気づかれていたのかもしれない。

 安治は折衷案として、角でスカートを押し上げながら太ももに頬を擦りつけた。くすぐったそうな笑い声が上がる。

 おりょうは手早く自分の朝食を済ませると、端末を確認しながら安治にこれからの予定を伝えた。

「八時ちょうどに八木やぎさんがいらっしゃいます。エレベーターの乗り方など教えてくださるそうなので、一緒に研究室までいらしてください」

 ――八木さん?

「メェ?」

「八木さんというのは研究所産で、見た目はヤギですが人間と同じ知能を持っています。けっこう年配で、よく敷地内を散歩されています。青い首輪をしています」

 それだけ言うと時計を見て、申し訳なさそうな顔をした。

「私はもう出かけないといけません。ついていてあげたいのですが……」

「メェ」

 大丈夫だよと言うように力を込めて首を縦に振る。

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