それでも仕事は休めない

第231話

 朝の身支度を済ませたおりょうは、まず自分と安治に飲み物を用意した。自分用には紅茶、安治用にはたらいに張った水だ。既にヤギとしての自覚が芽生えていた安治は、床に置かれた盥に首を伸ばすのに抵抗を感じなかった。

 続いて「ヒト向けヤギクッキー」が箱から出される。クッキーはスティック状で、一本がきゅうり半分くらいの大きさだ。

 食べてみると形状がちょうど噛みやすい。食感もいい。クッキーと銘打っているものの、バターや卵は入っていないのだろう。薄味で、甘くもしょっぱくもない。野菜と果物と穀物の風味が感じられて、すごく美味しくはないものの食べやすかった。

「四本で一食分のようです。お昼の分はこちらに入れておきますね」

 そう言っておりょうが椅子から立ち上がる。足下にいた安治はその瞬間、スカートの内側が覗けるのに気がついた。

 思わずどきっとする。おりょうに気づいている様子はない。かまわず動き回り、そのたびにちらちらとストッキング越しに淡い紫色のショーツが見え隠れした。

 微妙な興奮と背徳感がわきあがった。ヤギはヒトと違って一年中発情しているわけではないので、はっきりした性欲にはならない。ただ頭の中の人間の部分が興奮していた。

 ――これは……見てもいいのか?

 ヤギだから許されるのでは、と一瞬思う。そんなわけはないとすぐに打ち消す。

 恋人だからと言って、意識していないときにまで見られるのは気分が良くないだろう。

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