第230話

 箱に書かれた能書きを読みながらおりょうが言う。

「……基本、人間が食べるものはヤギの身体には合わないようです。なのでヤギになったら食生活を変えないといけないのですが、何分、ヤギになったばかりの人間は草を食べたり反芻することに抵抗を持つ場合が多いので、このクッキーが開発されたそうです。……このクッキーを食べると反芻が起きず、トイレの回数も減るので、本物のヤギにはなるべく与えないようにと書かれています」

「メェ」

 ヤギは反芻動物なのか、と思いながら頷く。確かに、してみたいとは思わない。

「召し上がってみますか?」

 問いに対して首を横に振る。まだ朝食には少し早い。それよりもトイレを用意してほしかった。届いたペットシーツを鼻で指す。

 おりょうは察して、リビングからは見えない寝室の隅にそれを広げてくれた。

 早速使ってみる前に、一度トイレに行く。どうにか用を足せないかと考えたのだ。

 便器に上ったり下りたり、前を向いたり後ろを向いたり、あれこれと体勢を変えてみる。結果、無理のない体勢で汚さずに用を足すのは難しいと判断するしかなかった。

 仕方なく寝室に戻り、五分ほど逡巡した挙げ句に用を足した。どうにも排泄物を見られることに抵抗を感じるのだが、どうしようもない。

 ――本当のヤギだったら、そんなこと思わないのにな。

 身体はヤギなのに頭の中は人間のままというのは中途半端だ。なぜこんな状態なのだろう。これでは生殺しだ。

 それとも時間が経つごとに本当のヤギに近づいていくのだろうか――?

 思わず身震いをする。それはそれで怖い。完全に自分ではなくなってしまう。

 安治はもう一度ベッドに戻り、寝ようとした。一眠りすれば人間に戻っているのではという期待があった。

 おりょうも付き合って添い寝をしてくれた。しかし頭が冴えて眠れない。

 三〇分ほどして、諦めと同時に覚悟を決めてベッドを降りた。

 ――ヤギとして一日を過ごすしかない。

 こうしてまた奇妙な一日が始まった。

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