第229話

 おりょうは思い出しながら言った。

「……ドクター北条にお会いしたとおっしゃってましたよね」

「メェ」

「あの方の周りではたまにあることです。おそらく効果は一日ほどで、勝手に治ると思います」

 安治は遊戯室で、ゲームを終えた後にドリンクを出されたことを思い出した。もしあれが原因なら、今頃タナトスもヤギになっているはずだ。

 心配しかけて、向こうにも同居人がいることに気づく。半狂乱になるエロスと、意に介さず落ち着いているタナトスの絵面が思い浮かんだ。

 安治の聡明な同居人は天井を軽く見上げると、シャーリー・オータムに呼びかけた。

「安治さんがヤギになりました。所長、ドクターみち子、ドクター北条に報告してください。それとヤギの生活に必要なものを一日分ほど部屋に届けてください」

 冷静な注文を聞くうちに、何も特別なことが起きたわけではないらしいという気になった。

 考えてみれば、どこが痛いわけでもない。違和感はあるものの身体は動くし、目も見えるし、音も聞こえる。変わった点と言えば、人の言葉が話せなくなったくらいだ。

 荷物が届くまでの間、おりょうは安治を気遣ってずっと首や背を撫でてくれていた。

 せっかくなので、寝間着の胸に頬を当てて人肌を味わう。おりょうの胸には少女のように控え目な膨らみがあり柔らかい。良い匂いもする。おかげで気持ちはだいぶ落ち着いた。戻れるとわかっていれば慌てる必要もない。

 じきに届いた荷物は、犬用のペットシーツと首輪、「ヒト向けヤギクッキー」と書かれた箱一つだった。

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