第228話

 明け方、トイレに起きた安治は違和感を覚えた。何だか身体の動きがおかしい。

 寝違えたのか?

 思ってから、それどころではない気がした。痛みはない。どこがどうおかしいのかもわからない。ただ――どう身体を動かせばベッドを降りられるのかわからなかった。

 ものを掴むことができないのに気づいて手を見る。指がない。二本ずつくっついて塊になってしまったようだ。曲げることができない。

 腕はいやに細くなっていた。白く見えるのは、肌ではなく体毛ではないか。白い体毛が肌を覆うようにびっしりと生えている。

 自分はどうなってしまったのか。

 考えてもわからない。混乱して助けを求めるように声を出した。

「メエェェ……」

 おかしな声だった。それほど大声を出したつもりはないのに、ビブラートのかかった太く高い声が静かな部屋に響いてうるさい。

 聞きつけておりょうが自分の部屋から出て来る。明かりを点けながら安治のベッドにいるものを見て、ふと不思議そうにした。

「安治さん……?」

 安治は何度も頷いた。ここでおりょうに気づいてもらえなかったら終わりだ。

 おりょうはじっと見つめながら近づき、隣に腰を下ろした。安治は必死に目で訴える。

「メェ」

 おりょうは黙って安治を撫でた。鼻を撫で、耳を撫で、顎髭を撫で、首を撫で、背中を撫で、前足を撫で、ついでに角を触る。

 そして断定した。

「ヤギですね」

 やっぱりか――と項垂れる。ここのところ、自分が何者なのかわからなくなることが多かったが、とうとう人間ですらなくなった。

 それでも自分は自分でしかないのだが。

「……メェ」

 諦めて頷く。

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