第227話

 子育てをしたいわけではない人間が子どもを持つと――子どもは不幸になる。

 安治はまた母親を思い出す。目の前にはいなくても、執拗に安治を苦しませる、存在そのものが罪のような女性。

 彼女は子育てをしたかったわけではなく、単に子どもがほしかったのだ。自分の言うことを聞き、自分の願いを叶え、自分を幸せにしてくれる子どもが。立派な医者になり、こうなれたのはお母さんのおかげですと言って希望通りの恩返しをしてくれる自慢の息子が。

 ――馬鹿げてる。

 結局あいつは自分のことしか考えていない。子どもの気持ちを考えるつもりもない奴が、子どもを産んだというだけで親を名乗るなんて――。

 くさくさした気分でふん、と大きく息をついたのを、おりょうが気に留めた。

「どうかされましたか?」

「あ、ううん」

 慌てて抱き寄せ、頭を撫でてごまかす。また関係のないことを思い出して、勝手に嫌な気分になってしまった。今この瞬間には、嫌なことなんて何一つ起きていないのに。自分で自分を苦しめる、悪い癖だ。

「もう寝よっか」

 言うとおりょうは同意して、ベッドを出て行った。おりょうには自分の個室がある。一緒に寝てはくれないのだ。

 裸はもう見慣れたくらいなのに、本当に無防備な姿は見たことがない。きっと素顔も。

 だから恋人だと思えないのだろうか。

 広いベッドで天井を見上げる。今日もまたおかしな一日が終わった。少し前まではこんな日常ではなかったのに……。

 目を閉じてからも何かを考えようとした。意に反して、思考はすぐに闇に落ちた。

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