第225話
安治はおりょうについてほとんど何も知らない。聞きたいことはあるものの、問いかけるタイミングがない。おりょうのほうから何かを開示してくれることもないし、安治に問いかけてくることもない。
つまりまだ、会話らしい会話ができていない。
ただ、一緒にいる。恋人として。
不思議な関係だし、それは自分の意志でもおりょうの意志でもないのだろう――と朧に思う。
きっと二人の関係は、二人以外の誰かにとって必要なことなのだ。
それについて、自分は考えるべきなのだろうか。そのままにしておくというのは無責任なことなのだろうか――と安治は迷う。
――自分のことなんだから自分で考えなさい。
不意に母親の言葉が思い浮かんだ。それを言ったとき、母は明らかに怒っていた。
――何のときだっけ。
おそらく一度ではない。母はいつだって安治に不満を持っている。自分で考えろと言いながら、本当は母の思い通りにしたいのだ。
――長靴を履かなかったときか?
それは小学生のときだ。前夜から雨が降り続いていて、舗装されていない地面には水溜まりができていた。
子どもだから、水溜まりを見れば入って遊びたくもなる。だから長靴を履いて登校するように母は勧めたのだ。
安治はそのとき、買ってもらったばかりのスニーカーを気に入っていて、絶対にそれを履いて行きたかった。
雨の日に新品のスニーカーを履いて一日過ごせばどうなるか、子どもの安治にだってわかる。わかるけれど、スニーカーを諦めて長靴を履くという選択はできなかった。長靴なんてダサいではないか。
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