第218話

 男は値踏みするようにたま子と安治を見比べた。安治に目を留める。

「坊主、こっちに来い」

 強い命令口調で告げる。たま子のことも警戒しているのだろう、身体は二人のほうに向けたまま、琥太朗を盾に後退って雑木林に近づく。

「可愛い弟が先に死ぬのを見るのは嫌だろ。まずお前から片付けてやる。面倒がないように、自分からこっちに来るんだ」

 冷静に反論したのは末っ子だった。

「来なくていいよ。どうせ俺だって殺す気なんでしょ? それじゃ人質にならないんじゃないかな」

 男は驚きつつ、余裕の態度は崩さない。

「はん? お前、こんなときによく頭が回るな。意外と肝が据わってんじゃないか?」

「よく言われるよ。ところでさ、安治とたまちゃん、ちょっと目を瞑っててくれる?」

 言い終わるのと、男の頭がスイカのように弾けるのは同時だった。

「うえぇ」

 琥太朗は持ち前の俊敏さで飛び退いていた。しかし微妙に飛沫がかかってしまったらしく、気持ち悪そうに舌を出す。

 安治は光景の衝撃で血の気が引き、その場にすとんと尻餅をついた。たま子は耐えたものの、青い顔で呟く。

「……もう少し早く言ってくれないか」

「あはは、ごめん」

 琥太朗は茶化すように笑ってみせる。それから雑木林を数秒見渡すと、振り切るように黙って二人のほうに戻って来た。

「見なくていいよ。車に戻ろ。いくらか食料があるだろうから」

 ふがいないと思いつつ、安治はその提案を素直に飲んだ。たま子は平静を装っている琥太朗の心境を代弁するように、辛そうな表情でわずかに涙ぐんだ。

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