第216話

 いくらか青白い様子のたま子は、手で鼻と口を隠しながら小声で訊き返す。

「お前、あれに気がつかないのか?」

「あれって? 手袋のこと?」

「は、手袋?」

 話が噛み合わない。

 合わないまま、心なし焦って前の二人を追う。お互いに危機感を覚えているのは共通だ。見失わないよう、音を立てないよう、距離を保ちながらついて行く。

 安治の心配の理由は手袋だった。あれは武器だ。琥太朗があれを装備しつつ、訝しんでいた人物と二人きりになろうとしている。不吉な予感しかしない。

 急なカーブがあり、束の間二人が視界から消えた。同時に琥太朗の驚いたような短い悲鳴が聞こえた。

「琥太朗?!」

 反射的にたま子が駆け出すのを安治も追う。

 カーブの先には開けた空間がある。そうと理解した瞬間、目に入ったのは、スタッフの男が誰かを銃で撃ち抜く光景だった。夜の景色の中で銃口から出る火花が大きく見えた。

 息を飲み、思わず足を止める。心臓が震えて次の一歩が出ない。それでも大人二人の横に琥太朗がいるのはわかった。無事だ。

 たま子が安治の手首を掴んで低く言う。

「あの人……前に座ってたお父さんだ」

「え?」

 恐る恐る倒れた男性に目を遣る。言われれば青い上着に見覚えがある。確かに、先ほどまで正面に座っていた家族連れの父親のようだ。

「手間かけさせやがって……」

 銃を持ったスタッフは苛立ったように溜め息をつくと、安治たちを振り返った。横にいた琥太朗の細い腕を掴んで引き寄せ、その頭に銃口を突きつける。

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