第214話

 まだ子どもの安治でも、繁華街を歩けば「お嬢ちゃん」と声をかけられる。それが当たり前なので、何とも思っていなかった。

 この男はそれに慣れていない、もしくは反発を覚えている……?

 マチナカ出身者が多いファミリーの一員にしては、いささか奇妙ではないか。

「こ……こっちおいで。お姐ちゃんの邪魔しちゃ駄目だよ」

 安治は慌てて琥太朗を呼び戻そうとした。名前を呼びかけて、呼んではまずいのかもと軌道修正する。

 たま子が何か言いたげに安治を睨む。きっと、琥太朗の好きにさせてやれという意味だ。琥太朗も、

「えー、邪魔じゃないでしょ?」

 とあどけない演技を続けている。

 胸にそわつく思いを抱えながら、安治は二人に従うしかなかった。

「トイレってどの辺? みんなの声が聞こえないけど、けっこう遠い?」

「ああ、用心のために距離を置いて停めたんだよ。こっちの人に見られたらまずいからね」

「そっかあ。どれくらい休憩するの?」

「ゆっくり休めるよ。急なことで、受け入れ先の手配に時間がかかってて……実はすぐに出発するわけにいかないんだ。早くても明日の朝になっちゃうかな……」

「そうなの? じゃあ、どこで寝るの? お布団ある?」

「うーん、残念だけど、お布団はないなあ……」

 先を行く二人を追いかけながら会話に耳をそばだてる。幸い月が出ていたので、見失う危険はなかった。

 場所は予想通り山中だった。車を停めたのは周囲に何もないちょっとした空き地で、そこから細い山道に入っていく。建物も明かりも視界には見当たらない。

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