第213話

 ――なんで?

 鼓動がさらに速くなった。不安が喚き出す。それを押さえるように思考が脳内を巡る。

 ――鍵をかけたのに意味なんてない。だって結局開けたんだし、全員降ろしたんだから。きっと、扉が勝手に開いてしまわないようにだ。

 無人の夜の木立を背景に、バンダナを頭に巻いたスタッフが顔を覗かせる。その顔は笑っていた。

「お待たせです。どうぞ降りてください」

 中にいるのは子どもが三人だけと知っているわりに丁寧な口調。安治は違和感を覚えた。マチの大人は大抵、子どもに対してはもっとぞんざいだ。

 本当に――降りていいのか?

 躊躇って動けずにいる隙に、琥太朗が扉に走った。

「わーい、やっと番だ」

 あどけない声と表情でスタッフに抱きつく。そのままスタッフの右手をしっかりと握った。

 スタッフもつられてにこにこと見下ろす。

「可愛い子だね。何歳いくつだい?」

「八つだよ。長かった-」

「そうだね、よく我慢したね。具合悪くないかい?」

「うん、平気。おねえちゃんは?」

 そう問われた瞬間、バンダナの男は微妙におかしな表情をした。

「……俺は大丈夫だよ、ありがとう」

 心なし『俺』という単語に力が籠もっている。

 安治とたま子ははっとし、互いに横目で視線を交わした。

 女性が少ないマチの、特にマチナカでは、若い男性を女性扱いする慣習がある。だいたい寺子屋を出た辺りから『ねえさん』『娘』と呼ばれるようになる。自認する性別や外見には関係がない。女性扱いするほうが、無難で丁寧な扱いと見なされるのだ。

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