【少年漫画編1】移送

第211話

 やがて隣の人が扉の近くに移動を始めたとき、正面に座っていた親子連れが「先にどうぞ」と声をかけてきた。

 断ったのは琥太朗だった。

「僕、まだ大丈夫だよ。ね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 ――僕?

 安治は驚いて琥太朗を見下ろす。幼い子どもめいた可愛い表情も話し方も、芝居がかっていて別人のようだ。『お兄ちゃん』なんて呼ばれたのは、琥太朗が寺子屋に入ってすぐの頃以来ではないだろうか。

 すかさず応じたのはたま子だった。

「そうだな。……私たちは最後で大丈夫です。どうぞお先に」

 ――私?

 突然始まった二人の小芝居に、安治は目を白黒させるしかない。

 もちろん何か考えがあってなのだろう。一番察しの悪い自分にできるのは、何も言わず合わせることだけ……とは理解できたので、黙って頷く。黙っていれば相手が勝手に解釈してくれるので、下手に口を開くより良い。

「そうですか、じゃあ」

 軽く頭を下げて親子連れが先に行く。小さい女の子は三人に向かって手を振った。

「バイバイ」

 女の子の挨拶に合わせて、安治も同じ言葉を返す。その腕に琥太朗がしがみついてきた。見れば同じようにたま子の腕にもしがみついている。琥太朗は心なし青い顔で、親子連れをじっと見送っていた。

「どうした?」

 心配して聞くも、何も答えようとしない。

 それからいくらも経たないうちに残っているのは三人だけになった。スタッフは前のグループを降ろすと、一旦扉を閉めた。その瞬間に琥太朗が囁き声で切り出す。

「おかしいよ、何か」

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