第209話
琥太朗は薬は拒否し、少しだけ水を飲むと、再び頭を下げた。残りを安治も一口もらう。
――これが最後の一口だったりして。
縁起でもないジョークが頭をよぎる。
バンダナのスタッフは、人が間隔を空けずに座っている間をどうにか行ったり来たりして一通り世話を焼くと、また運転席の後ろに戻って座った。
「……一人だけみたいだな」
たま子が呟く。スタッフが、だ。安治は頷いた。後は運転手と、助手席にも誰か乗っているのかもしれない。
それからの道のりは、だいぶ左右に振られる感覚があった。上り坂のようでもある。きっと山道に入ったのだろう。
張り巡らされたロープを掴まなければ隣の人に体当たりしてしまう。アトラクションのようだと笑い出す人がいる一方で、車酔いと格闘している人もいた。
やがて予告通り、車が停まるのが振動でわかった。
無線でやりとりをしていたバンダナのスタッフが大声で告げる。
「これから後ろの扉が開きますが、まだ降りないでください。皆さんご想像のこととは思いますが、今この車はソトにいます。大勢で一度に降りると、ソトの人間に不審に思われるかもしれません。なので数人ずつ休憩に降りますので、指示に従うようお願いします」
ソトにいる。
皆予想はしていたはずなのに、わあっという溜め息のような歓声が上がった。それが興奮なのか絶望なのかはわからない。きっと声を上げた当人にもわからないに違いない。
安治も複雑な心境だった。テレビや漫画を介してソトのことは知っている。観光地やアミューズメントパークに行ってみたいという憧れもあった。しかし実際にとなると、未知のものに対する怖れのほうが強く働いた。
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