第206話
その父親が不意に、通りの良い低い声でぼそっと言った。
「――ついに来たんだ」
「なあに、お父さん」
母親は娘を宥めるついでのように声をかける。父親は独り言のように続ける。
「計画が実行されたんだ。とうとう……」
意味ありげな言葉を安治は冷めた気持ちで聞いていた。どうせまた、どこぞの愚連隊が流した無責任な噂を真に受けているのだろう。マチではよくある話だ。
「……マチは解体されることになった。それをどうやって実行されるかが長い間議論されていたが……結局、こういう形になってしまったんだ……」
言って父親は、頭を抱えてさらに項垂れた。母親のほうは溜息をついただけで受け流す。
うるさげな表情で冷ややかな視線を送るのはたま子だ。聞こえないように「終末思想だな」と切り捨てる。
安治も頷く。マチの人たちは基本的には明るく前向きだ。その一方で、いつかマチは『終わる』という終末思想に取り憑かれている人は存外多い。
寺子屋の子どもたちの中にもいた。親族の影響を受けて、マチはそう遠くない未来に滅びるのだと怯えている子が。
何を怯える必要があるのか、と安治は思っていた。安治は以前、父と祖父が語っていた説を信じていたからだ。
マチではファミリーが主導して子どもの出生率を抑制している。生まれる子も男児がほとんどで、女児は極端に少ない。そうやって世代を経るごとに人口を減らしていき、緩やかにマチを『消滅』させる算段なのだ、と。
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