第203話

 嗚咽を止められない女性の代わりに、息子が口重く語った。

「あいつらは……火事に気づいてすぐに川に向かったんだ。そしたら……川の周囲が重点的に放火されたみたいで……それっきり」

 安治は水が出なくて消火活動ができなかったことを思い出した。本来ならマチは地下水脈のおかげで水源は豊かなのだ。なのに水が出なかったということは、意図的に妨害されたことを示している。

 返す言葉もなくしばし呆然とした安治の背中を、たま子が強く叩いた。

「行くぞ」

 険しい声と顔で命令する。

 たま子とて芳樹のことはよく知っている。その表情は、今は感傷に浸っている場合ではないと告げていた。

 三人は軽く頭を下げてその場を離れた。その後も知り合いにはすれ違ったが、会話はせずにやり過ごした。「家族はどうしたの?」と訊かれたら返答に困ると気づいたのだ。

 結果、乗り込んだコンテナには親しい人がいなかった。

 コンテナ内には椅子などはない。代わりに太いロープが六〇センチほどの高さで等間隔に張り巡らされていた。走行中に身体が振り回されるのを防ぐためだと説明を受ける。手摺りのように、揺れたらしがみつくらしい。

 三人は奥のほうに場所を見つけて腰を下ろすと、琥太朗を真ん中に身を寄せ合っておとなしくしていた。こんな状況でもロープを面白がって遊ぼうとする子どももいる。しかし琥太朗には興味を惹かれる様子はなかった。目にも入っていないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る