第199話

「こちらは?」

 と次に挙げられたのは母親手製のデニムの浴衣だった。少し迷う。

「そっちは……」

 気に入っていた上に、今となっては形見でもある。しかし血が作った染みはあまりに生々しく、ところどころ焦げてもいる。洗ったとしても、見るたびに刺された恐怖と家族の最期の姿がちらつくに違いない。

「……いいや、それも。捨てるよ」

 自分が生き延びる保証もない。家族の思い出にこだわっても仕方ないだろう。もし逃げる場所があるのなら、手荷物は少ないほうがいい。

 一方で琥太朗はシャツだけは手放したくないと答え、持ち運ぶ用に布製のトートバッグをもらった。

 着替え後には二人とも、Tシャツにパーカーにパンツというシンプルな洋装になっていた。

 たま子と合流し、縁側の隅に並んで腰かける。

 トートバッグを抱きしめて小さな身体をさらに小さくした琥太朗は、まるで両親の遺骨でも抱いているかのようだった。話しかけても上の空で、ぼんやりと地面を見つめるその肩にたま子が腕を回す。

 安治は他の子たちを見るともなしに眺めた。だいたいが親や保護者と一緒だ。子どもらしく、不安を露わにしては保護者に慰められている。

 安治の感情は一時的に行方不明になっていた。脳裏では家族の悲惨な姿が繰り返し再生されるのに、悲しいとか恨めしいとか怖いという気持ちはわかない。少し気持ち悪いだけだ。どうせ自分もすぐに死ぬのだから――と捨て鉢な気持ちが強い。

 ただ不思議に思うのは、他の家にはあの死神が訪れなかったのだろうかという点だ。

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